気ままな読書ライフ

気ままな読書日記

ジャズプレイヤーの名言

 

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本書のタイトルが魅力的に感じ、ずっと自身の「読みたいリスト」に放り込んであったが、先日kindleのunlimitedで見つけ、思わず読みかけ中の本を中断して読み始めた。非常に短い本なので、中断読みでも全然OK。
 
著者の三木俊彦氏は、二つの顔を持つ人物である。その一つはサックスプレイヤー、ミュージシャンの顔である。そして、もう一つはコーチングの実践者の顔も持つ。自らコーチングのレッスンを受け、コーチの資格を取得し、多くの人たちの人生を良い方向へ導いてきた実績を持っている。
 
本書には、ジャズ界の帝王、マイルス・デイヴィスの22の至言をもとに、著者が紙上でコーチングを行っている。要は、短時間に三木氏のコーチングの授業を受講できるというわけだ。
 
確かにこのマイルスの22の言葉は、本当にスゴイ言葉ばかりだ。マイルスが自らの音楽について語るとき、その言葉は人生の至言となる。音楽の分野にとどまらず、人生の万般に通じる重みのある言葉ばかりだ。なので、この22の言葉に触れるだけで半分以上満足が得られる。
 
もちろん著者は、マイルスの言葉に啓発をうけて自身の人生を切り拓いてきたという経験があるので、その講義は熱い。
 
例えば「マイルスの言葉 その1」は、「想像力がないってことは、才能がないってことだろ。違うか?」と言う言葉。この言葉から、著者はこの「想像力」というのは「ゴールをイメージすること」と結びつけていく。それは、マイルス自身の人生が、まさに最初に「ゴールをイメージし」、そこから新しい道を次々と切り拓いていったからだ。
 
こういう具合に、マイルスの生き方を三木流のレッスンとして展開されたものなのである。確かに三木氏の実体験による熱い心が伝わってくる・・・のであるが、やはりマイルス自身の言葉に触れてしまったからには、その言葉を発したマイルス自身の言葉でレッスンを受けたいという気持ちになる。それは本書では叶わないので、また別の本を探してみよう。

 

 

ところで、本書を読んで昔読んだ本のことを思い出した。「ジャズと仏法、そして人生を語る」という本である。この本は、やはり世界的ジャズプレイヤー、ハービー・ハンコックとウエイン・ショーターと池田大作SGI(Soka Gakkai International) 会長の3名の師弟対談である。こちらの内容は、正直、上記の本より数倍内容が濃かったのを覚えている。

 

 

この本を読んでジャズが魂をぶつける音楽なのだと実感した。「本書はこの3人による心のセッションだ」と前書きされていたのが印象に残っている。本書を読んだときに、書き残したメモがある。本文から抽出したものだ。ハービーや、ウエインも、マイルスに劣らず凄い言葉を発していた。

 

例えば、ウェイン・ショーター
”私は、皆が共に戦うに値するような、民衆の願望を代弁する音楽を奏でたいと思っています。それは、音楽的に表現された「決してあきらめない精神」であり、また名声や成功に目がくらむ心の迷いに挑戦する新たな音楽です。それらは、、一瞬の満足を売り物とするような今日の音楽界では、なかなか出会えないものです。”
 
例えば、ハービー・ハンコック
”ジャズの心を私流に言えば、「報復」です!もちろん世にいう「報復」ではありません(笑い)。人間の生命に巣食う「魔性」に対する「報復」です。「攻撃」です。ジャズが表現を求めるものは、この「攻撃精神」」なのだと思います。”
 
そして、ハービーによるマイルス談。
”マイルスは、「拍手ばかりを求めて演奏するやつは、バンドから解雇するぞ」と言うのです。「技巧をひけらかす演奏や、聴衆を幻惑するような演奏はするな、聴衆におもねるな、聴衆の人質になるな、拍手喝采だけを求めるのは、卑怯な演奏である。自らを恃む強さを持て。それがあれば、自分を内面から支える芯ができるのだ」・・・これが、私がマイルスのバンドで受けた訓練でした。
 
ハービー・ハンコックが、マイルスから生生のコーチングを受けた瞬間の独白だ。
 
最後に、ウェイン・ショーターが語るアート・ブレイキー
”ジャズの演奏は、クリニカル(分析的・客観的)に考えたり、アカデミック(学問的)に考えてはいけない。クリニカルに演奏するな!分析や客観にはストーリーがない。君の心をさらけ出すのだ!君の心の中にあるのは何だ?それを吐き出すのだ!・・・ブレイキーのこの言葉は音楽だけではなく、人生万般に通じる言葉だと思います。”