気ままな読書ライフ

気ままな読書日記

「宮本武蔵」 地の巻

 

 ◆地の巻

 

あの関ケ原の合戦後の、死の骸が転がる荒れ果てた戦野のシーンから始まる。武蔵(たけぞう)と村での親友・又八が、自分たちが「生きている」ということを自覚するシーンから。

 

二人は関ケ原の西軍の雑兵としてこの合戦に、ただ「よい働きをして名をあげよう」くらいの、若さからくる無謀の勢いで参戦していた。武蔵は腕力だけには自信があり、友の又八を誘い出す。一方の又八は優柔不断な性格。許嫁のお通を残し、武蔵とともに軽薄なノリで出てきたのである。

 

ここから主人公・武蔵の人生の転換が描かれていく。優柔不断で苦悩と煩悩に振り回される又八は、名わき役である。武蔵は、敗軍の残党として、徳川の追手から逃げ伸びて、故郷の宮本村へたどり着く。そしてそこで村の人々とのドラマが展開される。

 

武蔵の父は、かつて兵学の指南役として新免家に仕えていた。姉のお吟は、その父の娘として凛としている。又八の許嫁・お通は、みなしごとして寺に預けられて育った清純な女性。寺の住職・沢庵は、若いけれども仏教に基づくしっかりとした哲学と信念を持っている。

 

徳川の追手・青木丹左衛門は、徳川方・姫路城主の池田輝政の家中だが、武蔵捕獲のため宮本村に入り、村人への迷惑行為を繰り返す。

「領主に仕えて忠、民に接して仁、それが吏の本分ではないか。しかるに、農事の邪げを無視し、部下の辛苦も思いやらず、われのみ公務の出先、閑をぬすみ、酒肉を漁り、君威をかさに着て民力を枯らすなどとは、悪吏の典型的なるものじゃ」と三十代の沢庵が、四十超の青木を説教してやりこめる。

世相に対する風刺を登場人物に語らせる小気味よさあり、またそれによる登場人物のキャラクター作りはさすが天才的だ。

 

青木にはどうしても捕獲できない野獣のような武蔵を、沢庵が、自分が捕獲するから、その武蔵の事後処置は自分に任せろと提案し、その交渉が成立する。

沢庵「さ、ここで陣を布くのだ。さしずめ敵の武蔵は魏の曹操、わしは諸葛孔明というところかな。」

沢庵は、武蔵を捕え(というより最後は武蔵が沢庵に身をゆだね)、それにより武蔵は、野獣のような人間から、本来の人間として生まれかわっていく。

沢庵「たとえば、おぬしの勇気もそうだ。今日までの振舞は無智から来ている命知らずの蛮勇だ。人間の勇気ではない。武士の強さとはそんなものじゃないのだ。怖いものをよく知っているのが人間の勇気であり、生命は惜しみいたわって珠と抱き、そして真の死所を得ることが真の人間というものじゃ。」

 

沢庵の一言ひとことが武蔵の心に刺さる。そして読者の心にも刺さる。

あまりにも小さな自分とその敗北の人生を心の底から実感した武蔵は、再び、本物の人生を生き直したいと思う。

 

武蔵

「俺は今から生まれ直したい。人間と生まれたのは大きな使命をもって出てきたのだということがわかった。」

「俺は生きたぞ」と強く思い、同時に「これから生まれ変わるのだ!」と信念した。

「その人間になろうと思い立った途端に、俺はなにものよりもこの身が享けている生命というものが大事になってしまった。-生まれ出たこの世において、どこまで自分というものが磨き上げられるか-それを完成してみないうちに、この生命をむざと落してしまいたくないのである。」

 

池田輝政とお茶友達の沢庵は、輝政と交渉し、姫路城の天守閣にある開かずの一室を、武蔵の幽閉場所として借り受け、そこで三年間、武蔵を学問に専念させる。武蔵の剣に「護り」や「愛」の要素が加わり、武蔵の人生に「哲学」や「道徳」の要素が芽生えた瞬間であっただろう。

 

一方、武蔵の命を救ったもう一人のお通は、自分の心に正直に、武蔵と一緒に人生を歩みたいと思う。武蔵の幽閉の三年間をずっと城下の花田橋で待ち続けていた。待ち焦がれたやっとの再会の日は、武蔵が一人、剣の修行の旅に、そして新たな人生に踏み出す強い決意をしたその日だった。

「これに生きよう!これを魂とみて、常に磨き、どこまで自分を人間として高めうるかやってみよう!」

お通の心を感じる武蔵は、断腸の思いで、お通をおいて旅に出る。橋の欄干に刻まれた「ゆるしてたもれ ゆるしてたもれ」の文字がとても切ない。