気ままな読書ライフ

気ままな読書日記

「新聞大学」外山滋比古

 

少し前までは人生50年と言われ、還暦(60年)をクリアすると非常に喜ばしいこととされ、さらに70歳では「古稀稀なり」とそんなに長生きする人は稀だと言われていた。ところが寿命が延びてくると、逆に老いた生活が長い為、健康に老いるということが必要な時代となってきた。

 

著者は、「頭脳が働かなくなると、体もおかしくなってくる」として、まずは頭脳の老化にストップをかけようということで、そういう世代をメインターゲットとして本書を書かれたようだ。

 

高齢化社会において、中高年は「生涯学習」と言われるように、最期まで自己学習をしていこうではないかと訴えられる。そのうえで、最新の情報が日々更新される「新聞」を最強のツールとして活用することで、コストもかけずに、知的自己開発を進めていけると提案される。この新聞を活用した生涯学習のことを「新聞大学」と呼ばれているのである。

 

もちろん、新聞の読み方の話なので、万人に役立つ話ではある。それにしても、外山さんの本は、文章が精錬されているので、内容もさながら、文章を読むこと自体にも快感を覚える。

 

本書は、「見出し」とか「社説」とか「コラム」とか「書評」とか、新聞の各パーツについて取り上げられている他、「新聞は社会の木鐸である」とか、「新聞は複数読んだ方がよい」とか、その役割とか活用の方法とかについても述べられている。それぞれが28個のエッセイとなっている。エッセイなので軽い感じですぐ読めるが、大切なエキスを絞り込んで美味しく仕上げた濃縮ジュースのようなイメージだ。

 

「新聞」を生涯学習のテキストとして採用するメリットをいくつか挙げられていた。
・まず、新鮮な情報の掲載されたテキストが毎日手元に届く。
・使い捨てなので、「切り貼り」など活用が自在
・文章のプロが書いている など

 

学習の姿勢としては、情報を鵜呑みにするな(→疑って読め、考えながら読め)ということで、ただの知識メタボにならないようにと警告している。反面、知らないことが書かれたりする場合には、敬遠せずに挑むことで、新たな知識の習得や視野の拡大につながるとして、ベテラン記者や専門記者が書く「社説」や「経済面」での学習などを進めている。著者が、よく言われる「アルファ読み」から「ベータ読み」への移行である。

 

本選びに際して、署名付きの書評より署名なしの書評のほうが、出版社や著者とのしがらみのないよい書評であることが多いという話や、第一面の「サンヤツ広告」(そもそもあの一面の広告を「サンヤツ広告ということや、そこには必ず書籍の広告(8社分)が掲載されているということを初めて知った)を著者はしっかりと目を通されるということなどは、参考になった。

 

新聞や本などの上に表された文章は、記者や著者の発する言葉が「凍結」されたものであって、それを読む際に解凍してどのように味付けするかは読者だというような考えが示されていたが、この考え方は面白かった。新聞大学の学生として、どう味付けしていくかということだ。これは本の読者も同様だ。

 

学習の習慣化について、日記が習慣化すると、空白の頁の存在が気持ち悪くなるので、何かを書きたくなるというエピソードを通し、新聞大学の学習についても、それくらいの習慣化を目指そうよと提案されていた。何事にも通用する発想である。

とても面白く読めました。

「思考力」外山滋比古

 

思考力

思考力

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冒頭、ベーコンの「知識は力なり」という言葉と、デカルトの「我思う故に我あり」という言葉が対比的に紹介される。

 

これまでの物理的なパワーに対し、多くの知識を身に着けることこそが「力」であると主張したのがベーコンの革命的な発想であった。そのベーコンに対し、考えること、すなわち思考することは、それに勝る「力」であるという趣旨で、デカルトの言葉を紹介する。

 

昨今の知識偏重的な教育についても、苦言を呈している。この知識偏重型の教育を受けてきた世代にとっては、白か黒か、善か悪かといった単純な形でしか答えを見出せないというようなことを指摘する。すなわち既存の判断基準を知識として覚え込んで、それをもとに判断するので、応用力がないというのだ。自分で考えないというわけだ。

 

この「自分の頭で考えよ」というのが本書においての根幹となる著者の主張であると思う。

 

知識はいくらでも借りてこれる。いくらでも蓄積できる。しかし自分で考えたものではない。結局、使いこなせない知識に埋もれた「知識メタボ」となるというのは、著者があちこちでよく言われていることである。それよりも自分の頭で考えよ。答えの無いところからスタートせよというのが著者の主張である。そういう意味では、失敗をする経験も大事な収穫であるという。失敗を避けて、石橋をたたきながら、規制の答えの中から人生を選択していくより、失敗も経験として、自分で考え、自分で選択し、成功も失敗も自身のものとしていこうというのが著者のメッセージであると思う。

 

いろいろと著者の体験談が紹介されているが、そのほとんどすべてが、著者の反骨的な人生の紹介であった。周囲から反対されたり、非難されたとしても、自分が「よし」と考えれば、その方向を選択する。周囲の視線から見れば、「偏屈」とか「へそ曲がり」とかに、映ったことだろう。

 

しかし、著者にとっては、この「自己選択」の生き方、自分で考えた生き方こそが大事なのだ。

「失敗談」外山滋比古

 

失敗談

失敗談

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著者が自身の子どもの頃を回想したり、社会人となり編集者として活動されていた時代の話や、中学校の新任教師となったときのことなど、自らの失敗談を面白くかつ赤裸々に紹介されている。どちらかというと頭脳明晰というイメージの著者であるので、そういう著者が語られる失敗談というのは興味深い。

 

中学生の頃の寄宿舎生活時代に、仲間と盗んだ芋で焼き芋をやって、窃盗・放火未遂の罪で、先生からこっぴどく叱られ退学を考えてみたり、新任教師時代に集合場所に遅刻したことが原因で、即刻辞表を書いたりと、なかなか潔いというのか(笑)、外山さんってそんなところがあるのかと思わせるように記述もたくさん登場した。

 

自虐的な話なども交えつつ、失敗こそが成長につながるのだということを訴えていかれる。自らの体験から得られた教訓のお話であるので説得力もある。以下、ちょこっと抜粋。

 

受験
「勝ったからと言って天下を取ったように喜ぶのは幼稚であるし、(中略)落ちたら落ちたで、それなりの誇りをもってもいいのである」

 

競争
「少しひねくれた考え方かもしれないが、力をつけ、競争に勝つには、その前に敗れる目に遭うのが得策である」

 

就職
「世の中思うようにいかないものだという悟りと、失敗したっておたおたすることはないという度胸ができたら思わぬ収穫である」

 

セレンデピティ
「目指すものをとらえることには失敗して、思いがけないものを見つけるのに成功する」

 

転ばぬ先
「転ばぬ先の杖などあるわけがない。転ばぬ先に転んでみなくてはいけないのである」

 

著者の好きな引用
「経験は最良の教師である。ただし、月謝がべらぼうに高い。(トマス・カーライル)」

 

不幸
「不幸は思いがけない土産をもってくることがあるらしい。人生の妙である」

 

シャープ・ペンシル発明の早川徳次さんのエピソードが紹介されていたが、これはこれでまた別に読んで見るのも面白いと思う。

「閉鎖病棟」

 

 

帚木氏は、先日「ネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない事態に耐える力)」という著書を読んで初めて知り、精神科医で小説も書かれているんだ~という関心が、本書を読んでみようという動機となった。

 

冒頭から、まったく関連性がないと思える話が3話展開される。

産婦人科を堕胎目的で訪れた14歳の少女・島崎由紀にまつわるあるシーンの描写。続いて、戦争で負傷しながらも帰還した父親と、不貞な(というのは後に判明するが)母親を持つ・梶木秀丸の少年期のあるシーンの描写。そして昭八さん(苗字あったかな?思い出せない)の少年期の、よい思い出と忘れたいようなつらい記憶のシーンを描写している。それぞれが、短編小説のような展開だが、これが後々の「閉鎖病棟」で展開される出来事のための伏線となっている。

 

閉鎖病棟」とは、入所者の外出が制限されていたり、入所者との面会が制限されているような精神病棟のことを意味している。この表現そのものが適切かどうかということもありそうだが、若干古い小説でもあり、そこは触れないでおきたい。

 

実は先の3つの話の主人公は、この病院へ通院する患者であったり、入所している患者であったりする。そして、その病院に入所する様々な患者の日常や、そこで従事する主治医や看護師などの日常、つまり病院での日常的な様子が小説に展開されている。そしてこの小説全体は、チュウさんという人物を中心に描かれている。チュウさんは、この病院の入所患者であり、多くの入所者からも、医療スタッフからも人気のある人物である。

 

著者は精神科医であるだけに、著者自身の日常が、この小説の素材となっていることは明らかだ。もちろん、登場人物は架空の人物であろうが、その人物像については、著者の経験則からストーリー構築されているはずだ。それぞれの人物の家族構成とか、過去の出来事とか、そういうことが小説でありながら、リアリティを帯びている。

 

島崎由紀には、想像を超えるショッキングな背景があった。このキャラクター設定をした著者について様々に考えてしまう。現実にもこのような悲劇の患者は多く存在するのだろうか。そういう患者のモデルを小説の素材として書ける著者は冷淡ではないのか。いやいや著者はそういう患者の心も十分理解したうえで、小説を通じて読者になんらかのメッセージを伝えようとしているのか。

 

この小説の中に、読者を腹立たしい気持ちにさせる何人かの人物がいる。最も問題ありの人物像として描かれている重宗(やくざで、暴力的で、身勝手で、非情な行動をとった人物)でさえも、及ばないもっと醜いと感じる人物像が描かれている。

 

島崎由紀の母親やその再婚相手の義父(これが最悪)、秀丸さんの浮気性の母親、聾唖の昭八さんを小ばかにする義兄、そしてチュウさんの退院を醜く拒否する妹夫妻。

 

いったい心の病気とは何なのか。
思いがけない人生の流れの中で、殺人者や放火者になってしまい、それが理由で「精神的に病むもの」となってしまうものがいる。一方、明らかに純粋な心を自分の身勝手のゆえに踏みにじろうとする「醜い心」を持つ者もいる。

 

閉鎖病棟に隔離されてきた登場人物の中に、純粋な心が存在していたり、閉鎖病棟の入居者を外から見下す人たちの心の中に、醜さを感じたり。そういうことを考えさせてくれる小説であり、おそらくこれは、ごく一般的な日常の中にあるんだろうと思う。

「ネガティブケイパビリティ」 答えの出ない事態に耐える力

 

 

例えば誰かから悩みの相談を受けた場合に、どのような対応をするか?

例えば自身のこれまでの習性として、内容を聞いて、幾つか思い当たる解決策の中から、もっとも良いと思った策を提案してみるというようなことをする。

果たしてこれがよいのか悪いのか。本書を読んで、そういう疑問にぶち当たる。

 

本書のタイトルとなっている「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」と定義されている。別の表現では、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」とされている。自分のように、人の話を聞いてすぐに(=性急に)答えを出そうとする姿勢や、すぐに薬を出そうとする精神科医は、明らかに「ネガティブ・ケイパビリティ」が欠落していると思える。

 

著者は現在精神科医であり作家でもある。精神科医として、この「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉に着目し、それが治療に不可欠であると思えるに至った経緯が本書で明かされている。

 

著者は、偶然読んだ学術雑誌の論文の中でこのキーワードと出会うが、その言葉のルーツがイギリスの詩人ジョン・キーツにあり、そのキーツの発想を、イギリスの精神科医として影響力のある地位にあったビオンがその分野で発展させたことを知る。ビオンは「ネガティブ・ケイパビリティが保持するのは、形のない、無限の、言葉では言い表しようのない、非存在の存在である。この状態は、記憶も欲望も理解も捨てて、初めて行きつけるものだ」と結論づける。少々理解が難しい。

 

このことを著者は、次のように解釈している。
若い分析家たちはその学習と理論の応用ばかりかまけて、目の前の患者との生身の対話をおろそかにしがち。患者の言葉で自分を豊かにするのではなく、精神分析学の知識で患者を診、理論をあてはめて患者を理解しようとするが、これは本末転倒である。

 

確かに、悩みの相談への対応の経験則からみても、相談の相手は解決策の提案を欲しているのではなく、ただ自分の側に立って話を聞いてほしいという場合が多い。それだけで自分から解決策を見つけることができる場合が多い。これまで読んだ、心理療法家の河合先生は、クライアントの話をただひたすら聞くに徹し、本人の治癒力を引き出すというようなことを言われていた。

 

振り返って考えてみると、悩みの相談に即座に提案したくなるのは、対処しようのない状態に耐えられないとか、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることに不快感を感じそこから逃げ出したいからであると思える。自分がスッキリしたいがゆえに、勝手な思い込みで拙速に提案してしまうのではないか。

 

著者は、「ネガティブ・ケイパビリティ」とは共感力であるとも言っているが、この共感力に欠けるが故に、宙ぶらりん状態を持ちこたえられないのだと思えた。著者は作家でもあり、キースの詩はもちろんのこと、シェークスピアや日本では紫式部がこのネガティブ・ケイパビリティを備えた代表者であると述べている。著者のペンネームが「帚木蓬生」と、源氏物語の二つの章タイトルの組み合わせであるように、本書の中での源氏物語の解説への力の入れようは、相当であった。

 

こういう文学に接すればネガティブ・ケイパビリティが鍛えられるのか、あるいはそういう能力があるとそういう文学を楽しめるのか、この部分の記述の本当の理解はまだできていない。

 

脳が「わかりたがる」という性質の記述や、それに加え「希望を付加したがる」という性質の記述も興味深かった。つまりは脳そのものが、拙速に希望的観測で答えを出しがちであるということだ。

 

医療におけるプラセボの効果の説明部分も非常に興味深かった。著者の主張は、自己治癒力を引き出すことの大切さであると思う。拙速に答えを与えるように、拙速に薬を処方することよりも、心の働きの力の信頼性を述べているものと思われる。

 

また、教育の視点にも気づきがあった。確かに我々が受けてきた教育では、表面的な答えを出すことばかりのトレーニングを受けてきている。ネガティブ・ケイパビリティが育たない教育環境にあったということだ。「解決すること、答えを早く出すこと、それだけが能力ではない。解決しなくても、訳が分からなくても、持ちこたえていく。消極的(ネガティブ)に見えても、実際にはこの人生態度には大きなパワーが秘められている」と著者は言う。

 

現在の世の中が、迅速に分かりやすい答えを出す方を評価する傾向にあり、世の中自体が拙速に進む傾向があるように感じる。かといって複雑な問題に、簡単に答えが見いだせず、臭いものにフタ的に、歪んだ社会が増長されているようにも感じる。そういった中で、この「ネガティブ・ケイパビリティ」は重要な発想ではないかと感じた。

「宮本武蔵」 円明の巻

 

 ◆円明の巻

 

再読を思い立ち、読み続けてきた「宮本武蔵」も、ついに最終巻「円明」の巻を迎えた。前巻では、武蔵が宝蔵破りの冤罪で囚われの身となるが、沢庵らの計らいもあり、晴れて無実が明かされる。さらには、沢庵、北条安房守の推挙により、江戸幕府師範就任の話へと発展するのである。

 

かたや佐々木小次郎は、細川家の師範であるから、その出世のレベルは格段に違う。武蔵も一度は「極めてきた剣の道が経綸道へも通ずるのだ」ということを試してみたいという思いにも至った。武蔵も受ける決意が固まりつつあった。しかし、それを何としても阻みたいお杉婆の執念。あらぬ讒言の限りを尽くし、結局武蔵は、「仇持ちであり、その方は老齢の者」という理由でこの話は沙汰となってしまう。

 

武蔵は、囚われの身から解放された後、ともに過ごしていた夢想権之助や伊織と離れ、一人、またしても修行の道へ入ることを決意する。

「門に入ることの栄達、門を出ることの栄光」という表現があった。将軍家の門に入ることは栄達であろうが、自身はその門を去り、剣の道に生ききることに栄光を見るというのだ。

 

一方、柳生家に身を寄せているお通。石舟斎は亡き人となり、その孫にあたる兵庫(利厳)は密かにお通に思いを抱くが、お通の一途な武蔵への思いは変わらない。当然この柳生家に、武蔵が将軍家師範となる話は入り、お通を武蔵の元(江戸)へ送り出すが、予想外の破談とともに、武蔵とお通はまたもすれ違いの人生を歩むこととなる。

 

権之助と伊織の弟子二人の旅。道中、武蔵と縁する様々な人物との出会いがある。宝蔵院の公開試合の見物の場で、兵庫や助九郎らと出会う。あの本阿弥光悦とその母との出会いもある。権之助も伊織も、会う人物の高さを感じ、その人物の口から出る武蔵の語りを聞いて、師の偉大さに誇りを感じたことだろう。しかし、権之助は亡き母の供養に出向いた高野山九度山あたりで、真田家の手下のものに不審者として狙われ、この時に伊織を逃がし、自分は囚われの身となる。その人となりから直ぐに真田家の理解が得られるが、ここから伊織とは別々の生活が始まる。

 

一方の武蔵は、岡崎あたりで、無可先生と呼ばれ剣術塾を行いながら、恐らく自身の剣の道を究め続けていたのだろう。この時に、罪滅ぼしに出家した又八と出会ったりする。この又八との出会いが、禅師愚堂との再会につながる。ついに行き詰った武蔵は、必死の思いで、愚堂に教えを乞う。愚堂の答えはいつも直接的ではない。

「無一物!」

武蔵の周りの地に、円を描く和尚。その円の中に写る自身の影をみる。

武蔵は知る。
「影は自己の実体でない。行き詰ったと感じている道業の壁もまた影であった。行き詰ったという迷い心の影だ。」
これが「円明の巻」のタイトルの由来か。

 

細川家の師範となった小次郎。推挙したのは岩間角兵衛。一方でもうひとり武蔵を細川家に推挙していた老臣長岡佐渡。果たして小次郎と武蔵、いずれが真の剣の達人なのか。その決着をつけるべく、武蔵と小次郎の対決が噂となり、そして現実のものとなっていく。決戦の舞台は、関門海峡に浮かぶ「船島」。この島をなぜ、「巌流島」と呼ぶのかという疑問がわく。なぜ巌流佐々木小次郎の名前が採用されているのか。

 

それはともかく、この物語の最大のクライマックス、武蔵と小次郎の対決のシーンが描かれていく。島には、権之助も伊織も、復縁した又八と朱実も、改心してお通や武蔵に詫びたお杉婆も、そして一途に思い続けたお通の姿もある。お通は、対決の直前に、武蔵から「妻である」という言葉を伝えられる。

「武士の女房は、出自にめめしゅうするものではない。笑うて送ってくれい。これ限りかもしれぬ両人の船出とすれば、なおさらのことぞ」

 

この一瞬の戦いに、武蔵の「五輪書」に納められた一切の剣の心得が集約されていたのだろう。しかし、この戦いに臨んだ小次郎も、すでに一人の人間になっていた。
「人間ー素肌の自己。これ一箇しか、今は、恃むもののないことをさすがに悟っていた」

 

著者はこの勝敗をこのように表現していた。
「小次郎が信じていたものは、技や力の剣であり、武蔵の信じていたものは精神の剣であった。それだけの差でしかなかった。」

武蔵が求め続けたものは何であったか。小説は、次の言葉でくくられている。「波騒は世の常である。波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰が知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。」

「宮本武蔵」 二天の巻

 

 ◆二天の巻

 

「二天の巻」、まるで新聞の連載を読むかのようなペースで読んでいたので、読了までに相当の時間がかかってしまった。それでも、その時、その時のシーンに瞬時に入り込めるよい小説である。

 

前巻では、一乗寺の決闘を終えた武蔵、そしてお通、城太郎がともに江戸に向かって旅立った。しかし、又八がお通をかっさらう事件が起こり、3人はそれぞれバラバラになってしまう。武蔵は途中、三沢伊織という少年を弟子にし、伊織を伴って江戸へ向かう。細川忠利のもとへ、2人の家臣がそれぞれに人物を推挙していた。一人は、老臣長岡佐渡宮本武蔵を。もう一人は岩間角兵衛が佐々木小次郎を。細川忠利の母は、明智光秀の子・玉子であり、物語は先ごろの大河ドラマ麒麟が来る」の若干後の時代となる。

 

小次郎と武蔵は、この推挙に対する考え方が全く正反対だ。小次郎はプライドが高く、自分が推挙されるのは当然と考えるうえで、なおかつ安売りはしない。そしてまた、武蔵に対するライバル意識がかなり強い。それに対し、武蔵は推挙されることに感謝こそすれ、自身の剣を磨く道とは異なると考える。抱えられた主君に忠誠を尽くす剣の使い方よりも、土民百姓の手を取りながら治国の道を切り拓く生き方のほうに関心がある。

ライバル視(といより敵視)する小次郎や、武蔵を憎む本位田のお杉婆などの讒言で、武蔵の推挙の情報に傷がつくが、武蔵自身はそのようなことを歯牙にもかけない。

 

後に、武蔵は、沢庵や北条安房守の推挙を得て、将軍家師範に推挙されるが、またしても讒言情報のため、寸前で取り下げとなってしまう。それも武蔵はむしろよかったと内心喜ぶのである。当時の将軍家師範には、あの柳生但馬守宗矩の柳生家や、小野治郎右衛門忠明の小野家が就いており、目がくらむような出世であろうと思われるが、それよりも自身の道を考えるあたりが武蔵らしい。

 

一方の小次郎は、結果として細川家に自分が想像していた報酬よりも低めで抱えられるが、武蔵の将軍家推挙の話をきいて、嫉妬心を抱くというような小人物である。

 

この巻のもう一つの動きとして、奈良井の大蔵という人物の暗躍がある。本巻で謎の正体が明かされるが、彼は石田治部の刎頸・大谷刑部の家臣という設定となっている。関ヶ原での敗北により、江戸幕府への強い反感を抱いているようだ。あちこちで大胆な盗みを働き、そこでえた資金で、幕府転覆?(本巻の中では、徳川秀忠暗殺)を企む。城太郎は、知らず知らずのうちに、大蔵の手下となり、また優柔不断な又八も金に目がくらんで、大蔵の暗殺計画に引き込まれる。そしてまた、宝蔵破りの事件に巻き込まれた無実の武蔵までが、囚われの身となってしまう。

 

そして、彼らを不幸転落の道から救い出すのは、いつも沢庵和尚である。武蔵にとっても師匠的な存在だ。いま、武蔵は冤罪から解放され、旅の途上で出会った夢想権之助と弟子の伊織とともにいる。本巻の中で「二天」の説明はなかったが、やはり武蔵と小次郎を指しているのだろうか。いよいよ、次は最終巻「円明の巻」に入る。