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「決断力」羽生善治

いま、「将棋」と言えば、藤井翔太さんのほうが話題性は高いだろう。しかし、将棋を通した人生観みたいなものを読むとすれば、すでにレジェンドの域に入ってきた羽生さんではなかろうか。本書のプロフィールを読むと、羽生さんの本に、角川からは本書「決断力」と「大局観」というタイトルの本、PHPから「直感力」という本が紹介されており、本書以外の2冊も読んで見たいと思った。

 

また、本書に「角川の好評既刊」として紹介されていた谷川浩司米長邦雄加藤一二三、諸氏の著書にも深みを予感し、読んでみたいと感じた。

決断力 (角川新書)

決断力 (角川新書)

 

 

本書の中では、羽生さん自身が、将棋の世界を企業人の世界に置き換えて話されている部分も多いが、企業人とか将棋の世界とは別の世界で生きる我々読者が読む場合には、その逆の読み方をすることで何かが得られることを期待する。将棋の世界は勝負の世界であると羽生さん自身も言われているが、企業人であっても、ある意味勝負の世界で生きているのであり、勝負の場面での、プロの勝負師の言葉や姿勢から何かをつかみたいと思うものである。

 

本書では、勝負における「決断力」に特化して書かれたものではない。「決断力」「集中力」「大局観」「直感力」「知識と経験」など、勝負にまつわる全体的な話が、エピソードなどを交えて読めるので、とても面白い。

 

「決断力」については言えば、「決断とリスクはワンセット」という言葉があった。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という諺を引用し、「怖くても前へ進んでいく気持ち、姿勢の大切さ」について述べられていた。勝負の恐怖心について、剣豪どうしの真剣勝負の譬えもあったが、「こちらも傷を負うけれど、結果として僅かに勝っていればいい」という壮絶な精神に、将棋は我々が考える単なるテーブルゲームなのではなく、まさに真剣での斬るか斬られるかの勝負なのだと思えた。

 

囲碁には定石、将棋には定跡というものがあるが、今の将棋は情報戦で、定跡部分の技術の確立については、誰もが平等に効率的に行えるようになったそうである。そのため研究が進み、定跡が陳腐化していくスピードは格段に速くなったようだ。定跡が定跡でなくなる。さらに著者は、本当の勝負はその先にある、勝負がお互いの読みを超えた混然とした複雑化した局面の中にあるという。そこには、ただ定跡やその研究成果を覚えるという「知識」だけでは話にならず、そこから自分の頭脳で考える力が求められるという。「知識より知恵」ということがだが、それもまたただの基本であるようだ。

 

そこからさらに、短時間のうちに膨大な選択肢の中から正解を見つけること、自らミスをしないこと、冷静沈着に感情をコントロールすること、苦境に耐えしのぐ精神力、目前の恐怖に打ち勝つ勇気、捨てる勇気など、プロの勝負師のならではの領域に入っていく。そこでの戦いが勝敗の決着に結びついていく。従って必然的に、「決断力」「集中力」「大局観」「直感力」などが、勝負の世界でのキーワードとなってくるのだと理解できた。「大局観の思考の基盤となるのが、勘、直感力。直感力の元になるのは感性」という言葉が印象的だった。

 

また、実戦場面の勝負に加え、その実戦に備えるための自身の鍛錬の勝負があることが強く感じられた。備えの鍛錬には、もちろん情報収集、研究といったこともあるが、心の持ち方や、考え方の確立が非常に重要であるなと感じた。「現状に満足していては進歩はない」ということを、「環境が整っていないことは、逆説的に言えば、非常にいい環境だと言える」という考え方に整理していた。

 

著者には、「何事でも発見が続くことが楽しさ、面白さ、幸せを継続させてくれる」という考え方があり、これは実戦の真っただ中にもあるようだ。実戦のなかで、予想外の局面に苦戦することさえ、新たな発見として、楽しさ、面白さを感じているという。

 

紹介されていた米長邦雄氏のエピソードとして、50歳に近づき、それまでの座を築き上げてきた自身のスタイルを全部スクラップして、若手棋士から最新を学び、フルモデルチェンジをして新たに自分のスタイルをビルドし、その後に名人のタイトルを勝ち取ったという話にも、実戦場面以外でのプロの勝負を見た思いである。紹介されていた米長邦雄著の「不運のすすめ」や、加藤一二三著の「将棋名人血風録-奇人・変人・超人」などは、読みたい気持ちがそそられる書である。