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命を主題とした小説のあらたかさ 浅田次郎「帰郷」

 

帰郷 (集英社文庫)

帰郷 (集英社文庫)

 

先日文庫本化されたばかりの浅田次郎の「帰郷」を読んだ。

この8月の終戦記念日半藤一利氏の「日本のいちばん長い日」を読んでから、少々「戦争小説」づいているかもしれない。でも、意識的に戦争モノを選んだわけではなく、浅田次郎さんが読みたくなっただけのたまたまの偶然。だけど偶然とはいえ、続けて読むと、よりあの時代が身近に感じられるようになってくる。

 

内容は、6編の短編が収められており、「小説すばる」に2002年に掲載されたものが2点、2015年に掲載されたものが1点、2016年に掲載されたものが3点で、トップが本書のタイトルにもなっている2015掲載の「帰郷」(実際には旧字体)だ。難しい旧字体が時おり使われているが、それも当時のリアルに伝えたい浅田次郎さんの技なのだろう。

 

浅田次郎さんは、1951年(昭和26年)生まれで戦後の人だ。であるのに、本小説の中でもそうだが、非常に細かな知識があり、戦争に詳しい印象がある。本書のあとがきで述べられていたが、戦争小説では「戦争経験者」が自らの体験を語るのが王道だそうだ。

そして、最近では作家自身の父母が戦争経験者であって、その父母の時代を書く「戦後第一世代」の作家と、さらに祖父母が戦争体験者であって、その祖父母の時代を書く「戦後第二世代」の作家も生まれているということだ。浅田次郎氏は「戦後第一世代」ということになる。

 

自ら戦争体験者である作家の代表として、大岡昇平氏の「レイテ戦記」が取り上げられていた。また、「戦後第二世代」の代表としては、陣野俊文氏の「戦争へ、文学へ」が取り上げられていた。いずれも未読なので、備忘録がわりにブログメモしておこう。

レイテ戦記(一) (中公文庫)

レイテ戦記(一) (中公文庫)

 
戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論

戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論

 

 

 浅田氏は、戦争文学について「命を主題とした小説の難しさ、あらたかさ」と述べていた。たしかに、ここに収められているすべての作品は、戦争をマクロ的にみたものでなく、一人ひとりの人生や生活に焦点を当てた、「命」を感じることのできるものばかりだ。戦争というものに否応なく巻き込まれ、それに人生を変えられてしまった人々の思いを小説の中で再現する難しさ、それを「あらたかさ」とまでいう浅田氏の本気度にプロを感じるし、実際に作品の中で実現してしまう実力にも圧巻である。

 

それぞれの作品には、全て異なるシチュエーション設定がされているが、それぞれのページの中でセピア色の映像が映し出されてくる。

 

終戦直後の闇市が舞台の「帰郷」。若い技師がニューギニアの戦線で高射砲の修繕に従事し、復活したその高射砲で島の部隊が敵軍の激烈な空襲に応戦し死んでいく「鉄の沈黙」。父をレイテ島で亡くし、母が再婚し、一人遊園地のアルバイトをする学生を描いた「夜の遊園地」。

 

「夜の遊園地」では、お化け屋敷へ遊びに来た親子がなかなか出口に出てこないシーンがある。血みどろのお化け、ちぎれた人間の足にかぶりついた老婆に、戦中の血みどろが蘇ってきてしまい動けなくなってしまった父親が描かれていた。

 

戦争を思い出すことも、それを語ることも、当事者にとっては恐怖であり想像もできないほどの苦痛を伴うというのを聞いたことがある。残されている戦争体験記というのは、語り手の想像を超える苦痛を伴って、未来の人々のために語られたものだという。

浅田氏自身、「戦後第一世代」であり、親の巻き込まれた戦争の存在に対しては絶対的に「ノー」の立場だ。なので浅田氏の小説は「戦争小説」ではなく「非戦小説」だともいわれる。

 

陸上自衛隊の隊員と、戦中の日本陸軍との上等兵が、不寝番の交替で、時間をワープして出会うという設定の「不寝番」。終戦直後の銀座で物乞いする傷痍軍人とその元締めでしたたかに生きる男、それを目撃した復員兵とのやりとりを描いた「金鵄のもとに」。

 

金鵄」とは難しい言葉だが、調べてみると「金鵄勲章」というのがあった。明治天皇が創設した「武功抜群ナル者」に与えられる勲章だったようだ。

 

そして、索敵行為中に事故を起こした特殊潜航艦で過去を回想し語り合う二人の海軍予備学生の対話を書いた「無言歌」。

 

「いや、この死にざまだよ。戦死だろうが殉職だろうがかまうものか。俺は人を傷つけず、人に傷つけられずに人生を終えることを、心から誇りに思う」

 

「同感だ」

 

そして二人は、チャップリンのスマイルを唄う。

♪ 笑って たとえ君の心が痛んでも

 笑って たとえその心が砕けそうでも

 雲が空に浮かんでいれば

 きっと何とかなるさ

・・・

 
 

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